花 ワン d i a r y

愛犬と山、そして小さな奇跡を集めています !(^^)!

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どうして私のところには「死にたい」がやってくるのだろう

どうして私のところには「死にたい」がやってくるのだろう?

ひょんなことからカウンセラーとなり、3か月が過ぎようとしています。

ほとんどボランティアのような活動ですが、最近ひとつ、不思議に思うことがあります。

なぜか私のところには、「死にたい」という相談が多いのです。

「消えてしまいたい」

「生きていたくない」

そんな言葉を聴く機会が、思っていたよりずっと多い。

先週も、「今すぐ首を吊る」と話す学生がいました。

「手首を切る」と訴えた人もいました。

もちろん、命に関わることですから、ひとりで抱えず、周りの力を借りたり、必要な支援につないだりすることは欠かせません。

振り返れば、福祉の現場で約20年、たくさんの方の悩みに耳を傾けてきました。

その経験は、今も間違いなく私を支えてくれています。

けれど、一歩外に出てみれば、こんなにも若い人たちが「死」を抱えて生きている。

その事実に、胸が痛むのも確かです。

そんな中で、ふと思うことがあります。

私が今ここで学んでいるのは、「境界線」なのかもしれない、と。

苦しみを聴き、その人が見ている景色を一緒に眺める。

必要なときは手を差し伸べる。

でも、その人の人生まで背負いはしない。

それは、相手を突き放すこととは少し違う気がしています。

そして私は、「寄り添う」という言葉が、ちょっと違うなと思うようになりました。

どこか、おこがましく感じてしまうからです。

目の前の人は、助けてあげなければならない存在ではない。

その人自身の中に、立ち上がる力がちゃんとある。

だから私は、その人を信頼して、適切な距離で横にいたい。

心配する気持ちからではなく、その人の力を信じる気持ちから、目の前の人と向き合いたい。

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これまでの20年も、今出会っている人たちも。

一見、別々に見える経験が、どこかでひとつにつながっていくのを感じます。

それにしても、どうして私のところには「死にたい」がやってくるのだろう。

答えは、まだ分かりません。

ただ、目の前に現れる出来事の中には、いつも自分自身への学びや気づきが、隠れているような気がしています。

    

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淡いピンクをまとった、我が家のアガパンサス

今年も、我が家のアガパンサスがきれいに咲いています。

すっと伸びた茎の先に、たくさんの小さな花。

遠くから見ると真っ白なのですが、近づいてよく見ると、花びらにほんのりピンク色が混じっています。

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真っ白な中に、淡いピンク。

その色合いがなんとも優しくて、私はこのアガパンサスが大好きです。

アガパンサスというと、青や紫色の花を思い浮かべる方も多いと思いますが、我が家の子は少し珍しい色合い。

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毎年咲くたびに、「やっぱりきれいだなぁ」と、つい足を止めてしまいます。

花って、不思議ですね。

何か特別なことをしてくれるわけではないのに、ただそこに咲いているだけで、心がふっと緩みます。

忙しい日も、ちょっと疲れた日も、庭に出て花を眺めると、「今日もきれいに咲いてるね」なんて、ひとりで話しかけたりして(笑)。

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蕾が少しずつ膨らんで、やがて花開いて、そして庭を彩ってくれる。

その姿を見ていると、植物はちゃんと自分のタイミングで咲いていくんだなぁと感心します。

人も同じなのかもしれませんね。

誰かと比べなくても、自分のタイミングで、自分らしい花を咲かせればいい。

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今年もきれいに咲いてくれてありがとう。

しばらくは、この淡いピンクをまとったアガパンサスを眺めながら、残りの夏もゆっくり楽しんでいきたいと思います🌿


 

 

    

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夫が妖精を見た日(笑)

うちの夫は、目に見えない世界を信じるタイプではありません。

私が不思議な体験を話すと、「はいはい、その辺にしておきな」そんな反応が定番です(笑)。

ところが最近、山で祠を見かけると、 「なんか手を合わせたくなるんだよね」 なんて言うようになりました。

それだけでも「おや?」と思っていたのですが…

昨日、一人で山に登り、山頂から送られてきたLINEがこちらです↓

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​……ええっ!?

妖精!?

しかも草笛まで吹いてるの!?

妖精の存在は、私にとって特別なものではありません。

自然の中では、目には映らなくても、私たちにはまだ気づけていない生命やエネルギーが息づいている。

そんな世界があることを、これまで何度も体験を通して教えられてきました。

だから「妖精がいる」ということよりも、あの夫が「妖精を見た」と言ってきたことのほうが、私には大事件でした。

 思わず何度も文字を読み返してしまいました(笑)。

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山って、時々こんな素敵ないたずらをするんですよね。

うふふふ♫

もしかしたら、この日が始まりの合図かも🤭

目に見える世界だけではない、もう一つの世界への扉が、夫の中でそっと開き始めたりして…

これからどんな景色に出会うのかなぁ…

私もその旅を、一緒に楽しませてもらおうと思います✨

    

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高齢者の避難を考える――「避難してください」では届かない現実

熊本県で発生した大きな地震から数日が経ちました。

被災された皆さま、そして今も不安な日々を過ごされている現地の皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。

そんな中、SNSを見つめていて、思わず立ち止まる投稿がありました。

「おばあちゃんが『避難所には絶対に行きたくない』と言ってきかない。どうしたらいいんだろう……」

ご家族の切実な言葉とともに添えられていたのは、自宅の庭先に簡易日除けを張り、そこで横たわっている高齢者の姿でした。

その光景を見た瞬間、胸の奥にしまっていたケアマネ時代の記憶が、一気によみがえりました。

県知事が「未曾有の大災害になる」と発表し、テレビでは繰り返し危険を知らせる言葉が流れていた、あの日のことです。

地域でも、高齢者の避難について慌ただしく動き始めていました。

私の頭に浮かんだのは、担当していた95歳の一人暮らしのひろこさん(仮名・要介護1)でした。

家の西側には小さな川があり、平屋の家屋。
ご家族は遠方にいて、すぐに駆けつけることはできません。

普段なら、ご本人が納得するまで時間をかけて話し合うのですが、この時ばかりは時間がありませんでした。

「ひろこさん、お願いだから避難しよう!」

必死にお願いしました。

けれど、ひろこさんは頑として首を縦に振りません。

「トイレが間に合わなかったらどうしよう」
「和式だったら立ち上がれない」
「体育館の冷たい床では、神経痛がひどくなる」
「周りの人に迷惑をかけたくない」

ひろこさんの不安は、決してわがままではありませんでした。

それは、長い年月をかけて築いてきた暮らしへの想いであり、自分らしく生きてきた人としての尊厳そのものだったのです。

私は、ひろこさんの今の認知の状態、押し車を使って歩ける足腰の力、懐中電灯を自分で使えるか、食料は足りているか、家の周囲の状況……。

さまざまなことを頭の中で再確認し、悩んだ末、そのまま自宅で過ごしていただくという判断をしました。

私には、その日ほかにも安全を確認しなければいけない、身寄りのない一人暮らしの方がたくさん待っていたのです。

その後もカッパを着て、地域を走り回りました。

次に訪ねたおじいちゃんも、答えはやっぱり「NO」。

結局、その日は誰一人として避難所へ行ってはくれませんでした。

「今まで長いことここに住んでいて、一度も災害なんてなかったんだから大丈夫!」

緊迫したニュースが流れる中でも、皆さんはどこか誇らしげに、これまで何事もなく暮らしてきた年月を語られるのです。

雨の中、一人焦って走り回っていた私は、その温度差に思わず笑ってしまいました。

でも、同時に感じていました。

「避難したくない」という言葉の奥には、その人にしか分からない理由があるのだと。

現場を回っていて痛感したのは、高齢者を避難につなげることが、どれほど難しいことなのかということでした。

そして、支援が必要なのは一人暮らしの高齢者だけではありません。

在宅で呼吸器などの医療機器を使用されている方。
ご家族がいても、ご家族自身が高齢で移動の介助が難しいご家庭。

災害時には、さまざまな事情を抱えた方が取り残される可能性があります。

これだけ毎年のように災害が起きている国なのに、避難の仕組みや情報の伝え方は、あの頃からどれほど進んだのだろうか。

「避難してください」という言葉一つでは、越えられない壁が現場にはあります。

災害時には命を守ることが最優先になります。

尊厳がどうのこうの言っていられない——その通りです。

でも、平時から地域全体で、その人が安心して避難できる仕組みを考えておくことは避難をスムーズにつなげる大切な準備になるのではないでしょうか。

一人の避難に時間がかかってしまえば、その分、次の支援へ向かう時間も失われてしまいます。

その人が何を不安に感じているのか。
何を大切にして生きてきたのか。

そこに寄り添わなければ、スムーズな避難という行動につながらない人もいるのですから。

「この人なら、どうすれば安心して避難できるだろう」

一人ひとりの暮らしや想いを知っておくことも、大切な防災なのだと。

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熊本の状況を見ながら、あの日、雨の中を走り回っていた自分を思い出し、改めて感じています。

熊本に一日も早く穏やかな日々が戻りますように。

復興への祈りを込めて。

    

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優しさは巡る

今日は、受講している講座の日でした😊

講座の冒頭で先生が、「前回学んだ遠隔ヒーリングのコツ、その後やってみてどうでしたか?聞かせてくださいね」とおっしゃった後、「じゃあ…こちらから指名しようかな。〇〇さん😊」と、なんと真っ先に私が当てられてしまいました(笑)。

なぜか昔から、こういう場面では最初に当てられることが多いんですよね🤭

少し照れながら、最近心に残っていた出来事をお話ししました。

いつもSNSで交流させていただいているフォロワーさんのお話です。

お互いペンネームしか知らず、お名前も存じ上げない方なのですが、10年ほど前に厳しい余命宣告を受け、それ以来、長い年月をご病気と向き合われています。

先日も定期検査を前に、「結果を聞くのが怖い。死ぬのが怖い…」という切実な思いを綴られていました。

画面越しにも伝わってくる不安や恐怖。

何か少しでも心が軽くなってほしい。

そんな思いから、「温かい風が吹きますように🍀」とメッセージを送り、投稿されていたお写真を通して、そっと遠隔ヒーリングをさせていただきました。

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その後しばらく投稿がなく、どうされているかな…と気になっていたのですが、昨日、久しぶりに更新された投稿を見て胸が熱くなりました。

そこには、「温かい風が吹きました。ありがとう」という言葉とともにウインクをした自撮りの素敵な笑顔が添えられていましました。

もちろん私宛ての直接の言葉や写真ではありません。

それでも講座で、「自分のヒーリングが届いたのかな〜なんて勝手に思っちゃっています🤭」とお話ししたところ、先生がその場でエネルギーの状態を見てくださり、「間違いないですよ。ちゃんと届いています」と優しく声をかけてくださいました。

もしかしたら、私が自信を持てるようにという先生のお心遣いだったのかもしれません。

でも、その言葉と、画面越しに受講生の皆さんが送ってくださった温かい拍手に包まれて、胸がじんわり温かくなりました。

こんなにも優しい方々とご縁をいただけていることが、本当に幸せだなぁ…と感じた時間でした。

何より嬉しかったのは、「誰のヒーリングのおかげ」ということではなく、遠く離れたフォロワーさんが、穏やかな笑顔を見せてくれていたこと。

そして、その幸せを願った私自身も、温かな気持ちで満たされたこと。

優しさは、送った人の心まで温めてくれる。

そんな好循環を改めて感じることができました。

レイキという素晴らしい学びに導かれたことに、心から感謝しています。

ヒーリングは、まだまだ学びの途中です。

でも、本当に大切なのは技術ではなく、自分自身の「在り方」。

日々の暮らしの中で、自分の心を整え、ご機嫌に過ごし、その穏やかさや温かさが自然と周りへ広がっていくような存在になりたい。

そんな自分を育てながら、一歩ずつ歩んでいきたいと思います🍀

言うのは簡単なんですけどね(笑)😅

    

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祈りが、心を穏やかにしてくれた日

7月に入ってから、理由のわからない胸のざわつきが続いていました。

何をしていても心が落ち着かず、ずっと緊張しているような感覚です。

「もしかして心臓が悪いのかな…」と血圧や心拍数を測ってみても、異常はありません。

原因が分からないまま過ごす毎日に、「ついに精神がおかしくなってしまったかも」と、本気で思ってみたりして🤭

 

​そんな中、約2万6千年周期で銀河を巡る大きな光の波が、7月18日に地球へ到達するという話を知りました。

この現象は30年ほど前から科学者たちによって計測されてきたとも言われ、日本では「アマテラス」と呼ばれているそうです。

その話に触れた瞬間、「ああ、この胸のざわつきはこれだったんだ。光の波に影響を受けているんだな」と、不思議なくらい腑に落ちたのです。

​この波が地球に届くとされていた18日の午後は、いつも以上に丁寧に祈りを捧げました。

何十年もの間、生きとし生けるものすべての安寧を祈ってきた私にとっては、別に特別なことではありません。

でも、この日は「この美しい地球が愛と調和に包まれますように」という願いを、いつも以上に心を込めて届けました。

すると不思議なことに、あれほど続いていた胸のざわつきが、スーッと消えていったのです。

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この出来事をきっかけに、年明けから感じていたことが一本の線でつながりました。

私は、いつからか太陽に強く惹かれるようになり、山へ行っても、散歩をしていても、気がつけば空を見上げて光の写真ばかり撮っていました。

そしてある時、「太陽が、新しい太陽になった」とふと思ったのです。

​それを証明することはできません。

ただ、以前とはまったく違う、どこまでも優しく、温かく、地球全体を包み込むような光に感じられたのです。

光の波の話と、「太陽が変わった」という感覚は、どこかでつながっているような気がしてなりません。

それが真実かどうかは分からなくても、心は「そうなんだ」と、とても穏やかに受け入れています。

​今朝も、太陽の光を見上げながら地球に感謝し、静かに祈りを捧げました。

一人ひとりの祈りの力は小さいかもしれないけれど、それが重なり合えば、やがて大きな光となってこの地球を優しく照らしていく。

そんな未来を信じてこれからも毎日を丁寧に重ねていきたいと思います。

    

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久しぶりに、鮮明に覚えていた夢のこと

私は自分のことを、あまり夢を見ないタイプの人間だと思っていました。

でも今朝は違いました。

目が覚めた瞬間から、まるで昨日の出来事のように、細かい部分まではっきりと覚えている夢を見たのです。

もしかしたら今までも見ていたのに、ただ覚えていなかっただけなのかもしれません。

そう思うと、少し不思議な気持ちになります。

夢の中の私は、出かける前に自宅を囲む柵を開け放って、開放的な気持ちで出発しました。

ところが帰宅すると、その柵はひん曲がり、周囲には見たこともない光景が広がっていました。

白いライオンが、何頭も敷地の中に入り込んでいたのです。

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あたりはすっかり荒れ果て、捕獲部隊のような人たちが慌ただしく動き回っていて、騒然とした空気に包まれていました。

家の窓ガラスは割られ、獣が侵入した跡がありありと残っています。

私は恐怖で震えながらも、まず子どもたちの無事を確かめなければと、家の中へ駆け込みました。

そして目にしたのは、思いがけない光景でした。家族は誰も傷ついておらず、まるで何か温かい光に守られているかのように、その場所だけが穏やかで無事だったのです。

あの荒れ果てた外の様子とはまるで対照的な、静かで温かい時間でした。

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夢はそこで終わらず、続きがありました。

私は2025年の3月に、長く勤めた職場を退職しています。

夢の中には、その前職の女性の同僚が現れました。

何か話していたと思ったら、彼女は突然痙攣を起こして倒れ、身体を硬直させながら苦しみ始めました。

痙攣しながらも、無意識のうちに自分で衣類を脱いで裸になってしまった彼女に、そばにいた元上司の男性が布をかけて、気遣うように見守っていました。

私はとっさに「早く救急車を呼んで」と、周りに指示を出していました。

目が覚めてからも、しばらく心臓がどきどきしていました。

それでも、こんなに細部まで覚えている夢を見たのは久しぶりで、忘れてしまう前に書き留めておきたいと思いました。

柵を開け放ったことと、そこから獣が入り込んできたこと。

荒れ果てた外の世界と、光に守られていたような家の中。

かつての職場の同僚が倒れる場面と、とっさに救急車を呼ぼうとした自分。

ひとつひとつの場面に、これまでの経験や、今の自分の心の状態が、静かに映り込んでいるような気がします。

夢は不思議です。

意味づけをしようとすると難しいけれど、こうして言葉にして残しておくだけで、何か大切なものを取りこぼさずにいられるような、そんな気がしています。

もしまた鮮明な夢を見ることがあったら、その時もまた、ここに書き留めておこうと思います。

    

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