先週、ようやく一日を通して熱が平熱に戻り、4日にはすべての点滴が外されました。そこから少しずつ、母の身体に本来の力が戻ってきています。
でも、ここに辿り着くまでの道のりは、決して穏やかなものではありませんでした。
ICUでの気管挿管、人工呼吸器によって“生かされていた”日々。
高熱が続き、肺には水が溜まり、息をすることさえ苦しい時間。
酸素をつけていてもサーチは80台まで落ち込み、そのたびに、命の境界線を行き来していました。
後に母は、あの時のことをこう話してくれました。
「息ができなくて、本当に苦しくてね……先生に、安楽死をお願いしようと思ったんだよ」
涙ぐみながら打ち明けられたその言葉に、どれほどの恐怖と孤独の中で、ひとり耐えていたのかを思い、胸が締めつけられました。
それでも母は、諦めなかった。
声にならないほど辛い状況の中で、静かに、でも確かに、生きる方向へ踏ん張り続けてくれました。
年齢を考えたら、ここまで回復すること自体が信じられない。
今こうして笑顔を見せてくれる姿は、母自身の強さが引き寄せた、まぎれもない奇跡だと感じています。
ひと月半ものあいだ点滴だけで過ごしていたにもかかわらず、嚥下には問題がなく、昨日から食形態が五分粥になり、ゆっくりと味わえるようになりました。
血液検査の結果もすべて良好で、今日、主治医の先生から「もうこちらでお手伝いすることはないですよ」と笑顔で言われた瞬間、嬉しさが込み上げて、思わず飛び上がりたくなりました。
後から主治医の先生に伺ったのですが、手術中に何度も血圧が落ちる場面があり、正直、非常に厳しい状況だったそうです。
それでもここまで回復されたことを、先生も「奇跡」と表現してくださいました。
長距離移動は、まだ体力的に難しいものの、杖を使ってしっかり歩き、トイレ動作も自立。
11日には、いよいよ退院を迎えられそうです。
そして今日は、ひと月半ぶりのお風呂。まだシャワー浴だけれど、母の表情は本当に嬉しそうで、その笑顔を見ているだけで、こちらまで温かくなりました。
さらに「お気に入りのパープルに毛染めしたい」と言うので、その願いも叶えてあげました。

鏡の前で嬉しそうにしている姿に、ああ、本当にここまで来られたんだなと、しみじみ思いました。
私も、できる限り病院に通い、リフレクソロジーを続けてきました。その積み重ねが無駄ではなかったと感じたのは、母がふと、「ここまで元に戻れたのは、毎日、足裏から刺激が入っていたおかげだと思う」と話してくれた時でした。その言葉に触れた瞬間、張りつめていた気持ちが、すっとほどけていきました。
主治医の先生をはじめ、看護師さん、リハビリの先生、そして見えないところで支えてくださった多くの方々。
さらに、祈りの力にも守られながら、ここまで辿り着けたことに、感謝しかありません。
命の瀬戸際から、再び日常へ。
その一歩一歩を、そばで見守れたことは、私にとってもかけがえのない経験でした。
退院まで、あと少し。
この穏やかな流れが、これからも母の心と身体を、やさしく支えてくれますように。
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