来週、母が股関節の手術で入院します。その知らせを聞いたとき、数年前に関わった一組のご夫婦のことを思い出しました。
ちょうど“年末特有のざわざわした風”が吹き始める今と同じ時期でした。
確か夫は92歳、妻は85歳だったと思います。
要介護4と、要介護1のふたり暮らしでした。
ご子息は近くに住んでいましたが、仕事があり、日中はどうしても手が回りませんでした。
92歳の夫は腰椎圧迫骨折で長く入院中で、歩けなくなり、車椅子とおむつ生活になりました。
嚥下も弱り、粥・刻み・とろみが必要です。
急性期の治療はすでに終わっており、主治医からは「年内退院の方向で考えてください。シルバー世帯では在宅は難しいでしょう」と告げられ、子供達も「今回は施設しかないな…」と気持ちを固めつつある頃でした。
でも、妻は最後まであきらめませんでした。
「お父さんを家に帰してやりたい。一緒にいたいんだよ」静かだけれど芯のある声でした。
本人も「帰りたい」と言い続けていました。
正直、私はケアマネジャーとして震えるような危うさを感じていました。
高齢夫婦というだけでも心配があるのに、引きずり歩行で虚弱な要介護1の妻が寝たきりの要介護4を支える在宅生活は、あまりにもリスクが高いからです。
最大の心配事は、誤嚥でした。
座位保持力が弱く、姿勢がすぐに崩れてしまう...それを力のない妻は、うまく整えることができませんでした。
妻による椅子への移乗介助も試してみたけど危険過ぎて断念。
入院中に誤嚥性肺炎を起こした経過もあり、この先もそのリスクとは常に背中合わせになるだろうと予測できました。
「施設入所」という安全・安心という名の「正解⁈」を、このご夫婦の「希望」だからと見送っていいのだろうか?
でも、妻の揺るぎない眼差し、本人の「帰りたい」という切実な願いを前に、私は安全よりも「生き方」を支えるという方向に舵取りを始めたのです。
当然、反対の意見も少なくありませんでした。
誰もが、その危うさを指摘したのです。
それでも私は信じました。
危うさはあっても、この歳まで夫婦ふたりで支え合い生きてきた。
その中で培われた“それなりの感覚”を、このご夫婦は確実に持っている。それこそが最大の武器―― 私は、その感覚を信じて支えていきたいと思います!
カンファレンスでそう言い切った時、皆が揃って「……?」と、戸惑うような顔をしていたのを、今でも思い出します(笑)。
そこから、在宅準備が一気に動き出しました。

それができたのは――
息子さんや娘さんが、ご両親の思いに寄り添い、私の提案にも真摯に耳を傾け、任せてくださったからです。
現場では、これが必ずしも当たり前ではありません。
めったに顔をみせない“ちょっとデキる風の子ども”が遠方から帰省し、親のこれまでの暮らしや強み、そして大切にしている思いを知らないまま、理想論だけを流暢にまくしたてて見事に在宅生活をひっくり返し帰っていく。
そんな嵐が吹き荒れることも、まぁ…けっこうあるんです😅
最終的には、主治医、訪問看護師、ヘルパー、歯科衛生士…等々、皆がふたりの思いに応えようと、熱心にサポートに入ってくれました。
久しぶりに帰った家で、ふたりはベッドに並んで座り、本当に嬉しそうな笑顔。
部屋の空気はとても柔らかくて…“夫婦だけの特別なバラ色の時間”が、そこには確かに流れていました。
そして、3ヶ月後。
予期していたこととはいえ、やはりその時は来てしまいました。
ご主人は誤嚥性肺炎を起こして状態悪化。
妻の見守りの中で静かに旅立ちました。
ご本人の希望通り、家で、妻のそばでの最期でした。
老衰という穏やかな診断がついた一方で、私の胸の奥には複雑な思いが残ったのは確かです。
その後も私は妻の担当として毎月訪問を続け、退職の日まで見守りました。
最後に挨拶に伺ったその朝も、妻はいつものように手料理をご主人の仏壇に供えていました。
私が横で手を合わせていると、「お父さん、笑ってるでしょう? あなたがあの時『大丈夫、支えるよ』って言ってくれなかったら、家で看取るなんてできなかったわ。 なぜか心がずっと満たされているのは、きっと最期まで自分でお父さんをみたからだと思うの。今まで本当にありがとね」
その言葉に、思わずウルウルしてしまい「最後までお母さんの伴走者でいてあげられなくて...ごめんね」と言うのが精一杯でした。
20年という時間の中で見てきた、いくつもの家族の物語。
仕事を離れた今だからでしょうか?
あの時の息づかいや思いが、ふとした拍子に立ち上がってきます。
そのたびに、“生き方を支える”ということの深さを、あらためて思い知らされるのです。
そして今、母の入院を前に、少し物忘れが増えてきた父の姿を見つめながら思います。
いざ、自分の親のこととなったとき——私はあのご夫婦に向けたように、静かに寄り添ってあげられるだろうか、と。
難しそうだな…いや、きっとできる。
危うさの向こうにある愛が織りなす力の大きさを、私はもう知っているのだから。
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