あの日、直感に突き動かされるようにして会いに行った、あの「顔」の人。
その出会いから導かれるようにして、一昨日、私はレイキのファースト・ディグリーを受けた。
正直に言えば、期待よりも「よく分からない」という戸惑いと、心臓の音が聞こえそうなほどのドキドキの方が大きかった。
講座のなかで、先生からふと聞かれた。
「レイキは何かきっかけがあって習おうと思ったんですか?」
私は少し迷ったけれど、思い切って、自分の中にあった不思議な体験を話してみることにした。
「実は……リフレクソロジーの施術を受けていたら、先生の顔が出てきて。それで気になって調べてきたんです」
けれど、私の勇気とは裏腹に、先生の反応は予想外だった。
「なんででしょうね」 優しい口調ではあったけれど、あっさりしていた。
そこには「それは勘違いじゃないかしら」というニュアンスが、きっぱりと現れていた。
一瞬、少しだけ心がしぼむような、場違いなことを言ってしまったかな、という感覚。
でも、そんな私の小さな動揺を包み込むようにして、儀式は始まった。
「アチューメント」というもの。
それは、言葉で説明し尽くせないほど、静かで、とても神秘的な時間だった。

終わった直後は、正直なところ「何か変わったのかな?」と、はっきりとした実感がわかなかった。
けれど、帰りの電車に揺られ、ようやく身体がリラックスした時だった。
「……ん?」
ふと自分の両手に意識を向けると、わずかに電気が走ったような感覚があることに気がついた。
指先から掌にかけて、繊細な振動がビリビリと伝わってくる。
その不思議な感覚は、夜、布団に入って眠りにつくまでずっと続いていた。
決して不快な強さではない。
まるで掌が静かに呼吸しているような、柔らかな刺激。
翌朝、目が覚めてからも、私は自分の掌に宿った「何か」が可笑しくて、愛おしくて、片端から試してみたくなった。
まずは、寄り添ってくるワンコにそっと手をあててみる。
庭に咲く植物たちに、優しく手をかざしてみる。
それだけじゃ足りなくて、飲み物にも、これから食べるごはんにも。
「おいしくなれ」「元気になれ」 そんな魔法をかけるような気持ちで手をかざしては、一人でこっそり楽しんでいる。
先生に言われた「なんででしょうね」の答えは、二日考えてもまだ分からない。
けれど、私の掌はあの日を境に、世界と対話するための新しい「言葉」を手に入れた。
それだけは確かな、今の私の実感。
これからこの手で、どんな温かさに触れ、どんな発見をしていくんだろう。
理由なんて後回しでいいや。
だってこの掌に宿った未知の可能性に、胸のときめきが止まらないから‼
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